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2017年8月18日 (金)

境界性人格障害の苦しみ

私以外の境界性人格障害の方も、たくさん辛い思いをされていると思います。見た目に辛さは分からないし上手く伝えることも出来ないし、、、
もしかしたらワガママかもしれませんが、少しでも境界性人格障害のことを理解してもらいたい気持ちも含めて、ある臨床心理士の方のブログから抜粋して書かせてもらいました。
ブログは基本お休みします。コメントは返信出来ないと思いますがすいません。皆さんのブログには、たまにお邪魔させてくださいね。。
ある臨床心理士さんのブログより、、、
境界性パーソナリティ障害BPDの人は、支援者からも嫌われる傾向がある。わがままに見えたり、相手を振り回すように見える行動をしたりして、関わると疲弊してしまうことが1つの原因だと思う。
さらに、それよりも大きな問題は、境界性パーソナリティ障害は大変だ、境界性パーソナリティ障害は人を巻き込むから気を付けろみたいな感じで、ネガティブな印象が付いてしまっていることだ。
ここからは、感情調節困難という言葉を使うことにする。境界性パーソナリティ障害BPDとその傾向がある人って読み替えも可。
感情調節困難の人は、本当につらい思いをしてると思う。それは、リネハンMMLinehanの境界性パーソナリティ障害の弁証法的行動療法を読むと理解できる。リネハン自身が境界性パーソナリティ障害だったことをカミングアウトしてるのを知って、なぜここまで境界性パーソナリティ障害を共感的に理解できるのかという疑問の答えを得られた気がしたのを覚えてる。
境界性パーソナリティ障害の弁証法的行動療法の中で印象的だったのは、境界性パーソナリティ障害の人の心理的な痛みの表現について。
ボーダーラインの人にとって、こうした情動的困難がもたらす正味の影響は、心理的な意味で最も重症の火傷に等しい。言うなれば、患者たちには情動の皮膚がないのだ。そのため、どんなにささいな接触や動きも、強烈な苦痛を引き起こすことになる。
感情調節困難の人は非承認環境で育ってきたため、自分自身も承認できない。機能分析心理療法に書かれてる自己の私的制御の考えによれば、自己が公的に制御してるから1人になると空虚感に襲われる。自己が私的に制御されないから、周囲に誰もいなくなると自己がなくなってしまう。
周囲に誰もいなくなると自己がなくなってしまうなら、自己を保つために他者にしがみつくのも当然。他者がいなければ自分もいなくなるから。自傷行為は自己の希薄さによる苦しみから抜け出すための唯一の方法になってるかもしれない。
感情調節困難の人は、感情とうまく付き合うことができない。感情に振り回されてしまう。そうすると、周囲からは過剰な反応だと判断され、非承認されることになる。感情に振り回されてることの苦しみに、非承認の苦しみが加わり、誰も理解してくれないとか誰も助けてくれないといった認知によって苦しみが増幅される。想像するだけで絶望的になる。
このような状況は感情調節困難ではない人にもあるかもしれない。でも、感情調節困難の人は、この苦しい体験が何度も繰り返される。感情とうまく付き合うためのスキルがなかったとしても、誰もそれを教えてくれない。我慢が足りないとかの根性論にされる。すべて非承認。
たまに承認してくれる人がいれば、その人にしがみつくことになる。自己が希薄だから、その人によって自己を規定するようになる。そして、また1人になることを恐れ、必死にしがみつく。そして、相手がうんざりして距離を取り、また1人になってしまう。誰も助けてくれない経験が1つ増える。
感情調節困難あるいは境界性パーソナリティ障害は、苦しんでることに気づいてもらえないことが多いような気もする。それは、最初の方に書いた支援者側の偏見スティグマの問題。
苦しみは主観的なもの。客観的というか、他人からどう見えるかは関係ない。その人が語ることがすべて。人は他人の苦しみを直接見ることも、体験することもできないから。その人が苦しいと言えば、苦しいと判断する。それしかない。
大げさに言ってると思ったとしても、それは仮説にすぎない。その仮説は検証されるべきもので、大事に取っとくべきものではない。
他人の苦しみを見ることはできない。当然、境界性パーソナリティ障害の人、感情調節困難の人の苦しみも見ることができない。だから、その苦しみを他人が否定することはできない。
そして、おそらく苦しみを大げさに言ってることはないと思う。情動の皮膚がないのだから。

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